鷹島大橋

鷹島大橋等倍 SIGMA DP2 Merrill 30mm F2.8

鷹島大島全体2
SIGMA DP2 Merrill 30mm F2.8

 新年開けましておめでとうございます。今年も一年、走りに撮影にとエネルギッシュにやっていきますので、よろしくお願いいたします。

 さて新年最初の話題は、縁あって手に入れた Merrill の2台目となった SIGMA DP2 Merrill について掲載します。このカメラは、決して万能カメラではありません。しかしながら、手振れをしない、構図をカメラが得意な絵にする、光量を常に考慮する、などのカメラ撮影の基本の基本を押さえると、凄まじいまでの解像度を誇ります。三脚と2秒シャッターは必須ですが、正に中判カメラ並みの解像をします。これを超えるのは、一眼レフのSD1 Merrill でも、最高級のレンズを付けて条件を絞らないと、ここまでの写りは出てきません。

 この写真は、長崎県に属している鷹島に架かる大橋を撮りました。下の写真がオリジナルサイズですが、上の写真はそれを等倍(ポスター大)に拡大してトリミングしています。これだけ拡大しても、まだ細部までがはっきりと見てとれます。こうなると、望遠レンズの意味さえなくなってきそうです。今回のこのシリーズの被写体は、カメラの性能を出すのに適当な被写体を偏って選んでいます。 


RICOH XR500 + COSINA 28-70mm F3.5-4.8 AF

RICHO-1.jpg SD15 + 17-70mm F2.8-4 MACRO

 ”ピッカリコニカ ”の後は、一眼レフカメラへと順調に進み、デジタルカメラに代わっていくまでに多くのカメラを使いました。NIKON の F3、F3ハイアイポイント、FM2、NewFM2、レンズでは、28mm F2、50mm F1.2、105mm F2.8 などです。その間コンパクトカメラでは、沈胴式の CONTAX T などがありましたが、この写真にあるカメラ以外は皆ドナドナしてしまい手元には残っていません。このカメラは天体望遠鏡につけていたものですが、オートフォーカスのズームレンズが発売されたと聞いて、1988年ごろでしょうか、早速購入しこのカメラと組み合わせて遊んでいました。いつの間にか陳列棚に入り、今でも残っている数少ないカメラの一つとなりました。

 この写真は、レンズの全体がわかるように撮ったものです。ごっつい外観ですが、自己完結型のマニュアル機用のAFレンズです。シャッターレリーズに直結し、レンズ側で電源を確保してフォーカス合わせを行います。自分で距離を測ってピントを合わせるなんて、ロボットのようで可愛いかったのを覚えています。
FUJICA GER

FUJICA-1.jpg SD15 + 17-70mm F2.8-4 MACRO

 このカメラは私が高校を卒業する頃に母が購入したものですが、水銀電池式の電子シャッターを搭載し、二重像合致式のレンジファインダーを持つ、当時の日本製としては最新の機構を備えていました。ASA(当時はまだISOではなかった)のセッティングや絞り、ピントと、その後のマニュアルカメラの基本となるようなカメラでした。母には手に余るものだったようですが、メカマニアでカメラ小僧の私が見逃すはずはありません。大学のときに自分で昭和の名機といわれる”ピッカリコニカ”C35EFを購入するまで、私の常用カメラとなりました。レンズは38mm F2.8でスナップ撮影にちょうど良く、フィルムは35mmサイズで画質も格段に良くなりました。発売開始は1973年で、当時の価格は27000円だったようです。

 この写真は、カメラ上面である軍艦部が写るように撮りました。現代のデジタルカメラには無い、フィルム巻き上げレバーや巻き戻しノブがあります。保護フィルターとして、Kenko のスカイライトをつけています。この頃から、このようなアクセサリーも出回ってきていたのでしょう。
MYRAPID

myrapid-1.jpg SD15 + 17-70mm F2.8-4 MACRO

 このカメラは今でも中判カメラで有名なMAMIYA製で、発売年が1965年でした。ちょうど私が、中学生から高校生の時代に使っていたカメラです。この頃には金属製のフィルムケースに入った35mmフィルムが出回り、暗くないところでもフィルムの装填ができるようになりました。絞りやタイマーまで付いており、フイルムの巻上げレーバーを初めてこのカメラで使いました。でもまだこの頃のカメラでは左のケースから右のケースへ移すだけの機構なので、余分の空ケースが必要でした。レンズには32mm F1.7 の明るいレンズが付いており、明るさだけなら現代のレンズと遜色はありません。距離は目測で測りますが、測光はセレン光電池によるもので、今でもちゃんと作動します。当時の価格が16400円とありますので、今時のコンデジといい勝負です。

 この写真は、前面を撮ったものですが、このカメラにはもう一つの秘密があります。それは当時ハーフサイズカメラが流行っていて、このカメラもハーフサイズです。フイルムに感光する面積と巻き上げ量を通常の半分にすることで、規定の倍の枚数を写せるようにするものです。フィルムが高価だったために倍使おうというものですが、当時は気づきませんでしたが、ご想像の通り画質は悪くなります。 
BEAUTYFLEX

beautyflex-1.jpg   SD15 + 17-70mm F2.8-4 MACRO

 このカメラも、たぶん私の生年より前に生産されたカメラだと思います。四国にあった、太陽堂光機が造った二眼カメラです。二眼というのは、上のファインダー用レンズでピントなどを合わせ、下の撮影用レンズで撮影します。上から覗き込むようにして撮影対象物を見ますが、これが左右逆転に見えるため対象物を捉えるのにはコツが要ります。上から覗くと今でもぼーっとして見えますが、ピントルーペを使うと良く見えます。うちの誰かが使っていたのでしょうが、撮っているところの記憶がありません。

 この写真は、ファインダーフードを開けたところを撮っています。このカメラは腰だめにして撮影するために、このファインダーの方式をウエストレベルファインダーと呼びます。それらしい人が構えると、まるでプロのカメラマンのようです。