RICOH XR500 + COSINA 28-70mm F3.5-4.8 AF

RICHO-1.jpg SD15 + 17-70mm F2.8-4 MACRO

 ”ピッカリコニカ ”の後は、一眼レフカメラへと順調に進み、デジタルカメラに代わっていくまでに多くのカメラを使いました。NIKON の F3、F3ハイアイポイント、FM2、NewFM2、レンズでは、28mm F2、50mm F1.2、105mm F2.8 などです。その間コンパクトカメラでは、沈胴式の CONTAX T などがありましたが、この写真にあるカメラ以外は皆ドナドナしてしまい手元には残っていません。このカメラは天体望遠鏡につけていたものですが、オートフォーカスのズームレンズが発売されたと聞いて、1988年ごろでしょうか、早速購入しこのカメラと組み合わせて遊んでいました。いつの間にか陳列棚に入り、今でも残っている数少ないカメラの一つとなりました。

 この写真は、レンズの全体がわかるように撮ったものです。ごっつい外観ですが、自己完結型のマニュアル機用のAFレンズです。シャッターレリーズに直結し、レンズ側で電源を確保してフォーカス合わせを行います。自分で距離を測ってピントを合わせるなんて、ロボットのようで可愛いかったのを覚えています。
FUJICA GER

FUJICA-1.jpg SD15 + 17-70mm F2.8-4 MACRO

 このカメラは私が高校を卒業する頃に母が購入したものですが、水銀電池式の電子シャッターを搭載し、二重像合致式のレンジファインダーを持つ、当時の日本製としては最新の機構を備えていました。ASA(当時はまだISOではなかった)のセッティングや絞り、ピントと、その後のマニュアルカメラの基本となるようなカメラでした。母には手に余るものだったようですが、メカマニアでカメラ小僧の私が見逃すはずはありません。大学のときに自分で昭和の名機といわれる”ピッカリコニカ”C35EFを購入するまで、私の常用カメラとなりました。レンズは38mm F2.8でスナップ撮影にちょうど良く、フィルムは35mmサイズで画質も格段に良くなりました。発売開始は1973年で、当時の価格は27000円だったようです。

 この写真は、カメラ上面である軍艦部が写るように撮りました。現代のデジタルカメラには無い、フィルム巻き上げレバーや巻き戻しノブがあります。保護フィルターとして、Kenko のスカイライトをつけています。この頃から、このようなアクセサリーも出回ってきていたのでしょう。
MYRAPID

myrapid-1.jpg SD15 + 17-70mm F2.8-4 MACRO

 このカメラは今でも中判カメラで有名なMAMIYA製で、発売年が1965年でした。ちょうど私が、中学生から高校生の時代に使っていたカメラです。この頃には金属製のフィルムケースに入った35mmフィルムが出回り、暗くないところでもフィルムの装填ができるようになりました。絞りやタイマーまで付いており、フイルムの巻上げレーバーを初めてこのカメラで使いました。でもまだこの頃のカメラでは左のケースから右のケースへ移すだけの機構なので、余分の空ケースが必要でした。レンズには32mm F1.7 の明るいレンズが付いており、明るさだけなら現代のレンズと遜色はありません。距離は目測で測りますが、測光はセレン光電池によるもので、今でもちゃんと作動します。当時の価格が16400円とありますので、今時のコンデジといい勝負です。

 この写真は、前面を撮ったものですが、このカメラにはもう一つの秘密があります。それは当時ハーフサイズカメラが流行っていて、このカメラもハーフサイズです。フイルムに感光する面積と巻き上げ量を通常の半分にすることで、規定の倍の枚数を写せるようにするものです。フィルムが高価だったために倍使おうというものですが、当時は気づきませんでしたが、ご想像の通り画質は悪くなります。 
愛宕神社

愛宕山夜景小2-1 SD15 + 17-50mm F2.8

 日本夜景写真家協会なるものの存在を、初めて知りました。その他にも夜景撮影に関するHP が、ネット上には沢山あります。それだけ、撮影対象として人気があるのでしょう。朝焼け、ライトアップ、山岳、都市など、夜景撮影のジャンルもそれぞれあるようです。ここ福岡市西区の愛宕神社も、南区の油山展望台と並んで市内の人気スポットのようです。この時も、熱心に撮影されている方がいらっしゃいました。

 この写真は、愛宕神社境内から東の方面を撮ったものです。梅雨で空気が水蒸気を多く含んでいるので、ソフトフォーカスを効かした写真のようになりました。冬に写したこの写真とは、空気感が全く違います。同じ被写体でも、季節で写り具合が微妙に変わるのも夜景撮影の魅力です。
佇む漁船

姪浜漁港漁船-1 SD15 + 17-50mm F2.8

 カラーは完全で、モノクロは不完全? 今まで何となくそんなふうに思っていました。それは、子供のころに使っていたモノクロフィルムが、高度成長期とともにカラーフィルムに変わったことによるのかもしれません。でも年齢を重ねてまたモノクロ写真を撮ってみると、その芸術性にあらためて気づかされました。空間を二次元の平面に変換するのが写真ですから、どんなに色彩に再現性があっても、それはもう実物とは違う、文字通り次元が違う存在となります。写真を見て実物を想像するときに、被写体や表現方法によってはモノクロの方が、より心に訴える時があります。

 この写真は、漁港に停泊している漁船を撮ったものです。魚網や大きな網魚籠など、グレー色の濃淡がよくあいます。板子一枚下は地獄と言われる海面の暗さと命を預ける船体の明るい白を、モノクロ色調の滑らかな変移がうまく表現しています。

BEAUTYFLEX

beautyflex-1.jpg   SD15 + 17-70mm F2.8-4 MACRO

 このカメラも、たぶん私の生年より前に生産されたカメラだと思います。四国にあった、太陽堂光機が造った二眼カメラです。二眼というのは、上のファインダー用レンズでピントなどを合わせ、下の撮影用レンズで撮影します。上から覗き込むようにして撮影対象物を見ますが、これが左右逆転に見えるため対象物を捉えるのにはコツが要ります。上から覗くと今でもぼーっとして見えますが、ピントルーペを使うと良く見えます。うちの誰かが使っていたのでしょうが、撮っているところの記憶がありません。

 この写真は、ファインダーフードを開けたところを撮っています。このカメラは腰だめにして撮影するために、このファインダーの方式をウエストレベルファインダーと呼びます。それらしい人が構えると、まるでプロのカメラマンのようです。



CLOVER-SIX

LOVERSIX-1.jpg SD15 + 17-70mm F2.8-4 MACRO

このカメラは CLOVER-SIX というカメラで、1937年から1944年にかけて日本の銀鈴写真工業社で製造されたものです。 皮製の蛇腹式胴体を持ち、78mm F4.5 のレンズが付いています。私が生まれる前に生産されていたカメラで、祖父か父が使っていたはずですが記憶にありません。ちゃんと絞りやシャタースピードが調整でき、とてもメカニカルなカメラです。半世紀以上たった今でも、蛇腹にはヒビ一つ入っておらず、クロームメッキ部もぴかぴかです。6X6 のフィルムさえあれば、今でも写るのでしょうか。この世に先に生まれた大先輩に、敬礼!

 この写真は、蓋を開き撮影状態にして撮りました。裏面は写っていませんが、フィルム移動量を知るための小窓には、丁寧に造り込まれた小さなカバーが付いています。全体的に見ても、じっくりと造られたカメラだと思います。
FUJIPET

FUJIPET-1.jpg SD15 + 17-70mm F2.8-4 MACRO

 FUJIPETは、昭和30年代の小学校時代に私が使っていたカメラです。富士がフイルムの販促のために製造したカメラで、ブローニー判(フィルムケースが出る前のフィルム)のモノクロフイルムを使います。ピントも絞りも無く、ファインダー部に写っている赤い矢印が受光して写せるかどうかを知らせてくれます。ピンホールカメラにボディが付いたようなもので、とにかく撮影するために何か工夫をしないと満足に撮れませんでした。フイルムも巻き上げレバーなどまだ無い時代で、右から左へ移すだけでしたので、右にフイルムを入れて左の軸に巻き取らせて取り出していました。フイルムの移動量は、後蓋についている赤い小窓からフイルムの後面に印刷されている番号を読み取っていました。この後蓋の内部には、ネオパンのSからSSSまでの箱が今でも綺麗に印刷されています。このカメラを見ていると、当時の生活の思い出が写した写真とともにハッキリと蘇ってきます。

 この写真は、薄曇りの中で撮りました。雲は自然の大きなディフューザーですので、柔らかな光が表現できます。撮影して気付きましたが、F11のレンズが付いていたはずですが、どこかに行ってしまったようです。
エピローグ

謎の人物2-1    WX100

 投入堂から鳥取駅まで、佐谷峠を越えて走りに走りました。峠までの登りは250m程度でしたが、投入堂までの登山は思ったより堪えていたようでかなりしんどい登りとなりました。峠を越えてからは小さなループ橋や山間の快走路などを堪能することができました。南米商会でオーダーしたクロモリのマリア・ローザ号は最後まで体力をもたせてくれたので、無事に鳥取駅に着くことができました。今回のツーリングを振り返って、素性のいいロードレーサーはツーリングでも最高のパートナーとなることがわかりました。

 この写真は、佐谷峠頂上で「佐谷峠開通之碑」を撮ったものです。5月の初旬でしたが、峠の道端には残雪がまだあり冬季の気候の厳しさが窺い知れます。三朝温泉や投入堂がある三朝町と鳥取方面を結ぶこの峠が難工事の末に開通したことは、この地の人々にとって大変な喜びだったことでしょう。
投入堂

14投入堂-00111 WX100

 こんな場所が、まだあったなんて...国内外の名勝には数多く行きましたが、これまで投入堂のことは全く知りませんでした。ここは、是非お勧めです。というより、一生のうちに一度は行くべきだと思います。出かけて、絶対に後悔はしません。平安時代後期に建立された投入堂ですが、荒々しい断崖とは対照的な優美な姿です。垂直な壁に浮かぶとも乗りかかっているとも、なんとも表現できない不可思議さです。是非一度、見に行ってください。

 この写真は、投入堂まで一番近寄って撮影しました。このカメラの最高画質モードで撮りましたが、数枚の写真を撮影してカメラ内で合成しています。建物周辺部分が特に奥行きのある写真になっており、ピントをずらした数枚で一枚の写真を合成しているようです。高級一眼レフでもめったに撮れないほどの、立体感溢れる写真となりました。うーん、21世紀です!