NAMBEI マリア・ローザ号ツーリング仕様

マリアローザ号ツーリング仕様-0574 DP2x

 ついに、GWツーリングの候補機種が決定しました。決め手はなんと言っても、「今一番好きなロードレーサーで旅をする!」です。昨年のツーリングでも、心の中ではマリア・ローザ号で来てたらなという思いはありましたが、輪行イコール傷がつく、汚れるという意識があり、どうしても誂えバイクを持ち出せませんでした。しかしながら、もう二度と通らないような場所を走るのですから、何故このバイクで走らないのかという後悔もありました。この旅の原点に帰って、走りに徹したロ-ドレーサーで旅をすることを楽しみたいと思います。走りの機能性は最大限取り入れ、荷物は最小、最軽量に、そして一番お気に入りのロードレーサーと一緒に走る。今回は、この趣旨で行きたいと思います。

 この写真は、試乗のときにポストバッグを取り付けたマリア・ローザ号を撮ったものです。ウェストバッグはやめたので、このバッグの上部に換えのシューズを取り付けることになります。チューブラーはツーリングには不向きとの意見もありますが、パンク対策にプレッシャーゲージを持っていくので、毎朝タイヤ圧をチェックすることにします。それより心配は、カイセイ8630R が荷物2kg のポストバッグの干渉で、バネ感やしなりに影響が出ることです。
Cyber-shot WX100

WX100-2092.jpg SD15 + 17-70mm F2.8-4 MACRO

 GWツーリングの荷物の究極の軽量化を図るため、また今回は走りに徹するため、嵩張るDP2x の代替を考えていました。やっぱり携帯カメラは非常用ということで、出た結論は「世界最小・最軽量」に魅せられ、ジャージの背中ポケットに収まってしまうこのカメラとなりました。久々のCMOS センサーですが、一番驚いたのはその手振れ防止(?)機構です。量販店で大きさを確認しているときに換算250mm の望遠にして試し撮りをしたのですが、液晶に出来上がってきた絵は、まったく振れていませんでした。これは数枚写して振れを消去するように合成する技術だそうで、ここまでなるともうカメラ付きパソコンと呼んでいいのでしょうか。絵画調やイラスト調撮影など、それがこの大きさで108g の中に詰まっていると考えると、やっぱり今は21世紀なんですね。

 この写真は、NAMBEI ジャージと組み合わせて撮りました。強い太陽の光を浴びた布と金属という二つの材質ですが、FOVEON センサーでは金属の質感のほうが良く出ているようです。
能古島

夕日2-0081 D90 + 18-105mm F3.5-5.6

 今日はジテツーの帰りに綺麗な夕焼けが待っていました。日の入りもだいぶ遅くなり、家に帰るまでライトを装着しなくてすむようになりました。この時期から秋にかけては、帰り道の海岸線がとても綺麗で、風も優しくなり、百道ビーチには散歩の人も出てくるようになります。汗もかかずに、本当に爽やかな季節です。

 この写真は、本日カメラを持たなかったので、昨年初夏に撮ったものです。D90 と中望遠ズームの組み合わせですが、望遠端が甘いので焦点距離75mmで撮影しています。f7.1まで絞れたので、波の表情が広い範囲で表現されています。
プロトタイプ

NAMBEI曲渕ダム-0576 DP2x

 いよいよGWツーリングが近づいてきましたが、まだ機種選定には至っていません。阿蘇でRNC7に再度ダメ出しがでて、なんとか候補機を決定しなければなりません。そこで日曜日にプロトタイプを組み上げ、瑞梅寺ダムまで試走しました。荷物もちゃんと当日の分だけ入れてみましたが、写真のヒップバッグは日頃付けて無いせいか、どうもしっくりきません。今度はちゃんとSLシューズで行こうと思うので、換えの靴も持っていかなければなりません。どうにも嵩張るのが、輪行袋、換えのシューズ、DP2xです。何れも300gぐらいあります。ここは一つ走りに徹して、DP2xを外すという手もありますが、携帯カメラでは三日間バッテリーがもつでしょうか。もう一知恵要りそうです。究極の軽量、体には何も付けない、写真は撮りたい。以上を、バランス良く組み合わせることを目標にしましょう。

 この写真は、プロトタイプの影を入れて撮っています。この影を見てどれかわかる方は、自転車通です。と言っても、残りは、あれとあれなんですけどね。


曲渕ダム/気合のサングラス

曲渕ダム-00145 SH-05A

 一週間悶々として、昨日雨の振り出す前に気合のサングラスを取り出し、曲渕ダムまで行ってきました。コンパクトクランクに12-25Tで走り始めましたが、先週の反省からフロントアウター、下ハン縛りとしました。チューブラータイヤは路面の状況を良く伝え、ホイール、ギア、チェーン、クランクから脚へと、様々に変わっていく路面の様子が手に取るようにわかります。じっくりとペダルを押していると、坂からも同じように押し返してくる応答がありました。その応答に集中しているうちに、坂の声が聞こえたような気がしました。これまでの坂でのペダリングの疑問に対して、「押すのは今だよ!」とか「この方向に踏み抜いて!」などと言っているようです。坂が求める方向に、そのタイミングで踏み込むと、バターにナイフが刺さるように踏み込めます。がむしゃらな回転系のスキルばかりでは気付かなかった、坂との対話でした。山の神、坂の女神っているものなんですね。ロードレーサーに乗るときは、自然からの応答に耳を澄ませ、自然と融和しながら走ることの楽しみがわかりました。

 この写真は、携帯カメラで撮ったものです。このカメラの特徴が段々理解できるようになってきました。この写真のように、接写から5mぐらいまでの写真がストライクゾーンのようです。
草千里/Heaven

草千里-0565 DP2x

 今年の「北の地獄」のパリ~ルーベはトム・ボーネンの圧勝で終わりましたが、ここ九州にも「南の地獄」が待っていました。御竈門山をくぐるトンネルを抜けると、そこに草千里があると思い込んでいましたが、待っていたのは、はるか上空を横切る陸橋でした。そこから草千里まで、回らない脚をなんとかなだめながら登っていきましたが、もう、どのようにペダリングをしていいか迷い始め、混乱の極みでした。みんなからは完全に遅れ、ふもとから1時間20分が過ぎようとしていました。コースはこの時点で変更となり、今回は「天空の道」はパスとなりました。眼下に絶景が広がる下りは、阿蘇駅まで空を飛んでいるような感覚で降りていきましたが、ここで痛恨のDNFとなってしまいサポートカーに収容となりました。みんなに迷惑をかけ、この阿蘇遠征への入り方から間違っていたのかと反省しています。

 この写真は、一息ついて下るときに草千里を撮ったものです。これから下りかと思うと、同じ阿蘇の眺めでも天国のような景色でした。でも、登りの走法やペダリングについての天からの光明はささず、しばらく悩み続けることとなったのでした。






盛岡駅

盛岡駅-00146 SH-05A

 飛行機と新幹線あわせて往復乗り物9時間、現地滞在2時間の日帰り出張でした。羽田から東京駅間は、全くのスルーです。それでも東京から岩手までは、桜前線の北上を直に楽しむことが出来ました。関東平野はどこまでもビルや住居が果てしなく続き、畑らしい地面が見えたのは出発して40分ほどたってからでした。山も海もない街に、自分という個が埋没してしまいそうで息苦しくなってきました。海抜ゼロから1000mまで、海も島も山もある福岡は、生物多様性に富んだ豊かな街だと改めて感じました。目的地の盛岡は落ち着いた街で、岩手山は見つけることが出来ませんでしたが、北上川の水は雪解け水が流れているようで、きっと切れるように冷たいのでしょう。

 この写真は、盛岡駅の新幹線コンコースにあったディスプレイを携帯カメラで撮ったものです。世界遺産の平泉のキャンペーンのようです。このごろは、携帯カメラの設定をいろいろ変えることができるようになり、少し写せるようになってきました。
火の山パノラマライン/地獄


阿蘇fromパノラマライン-0551 DP2x

 装備も気合も、全てが敗因でした。なんとなく、阿蘇のツーリングかなあという気が抜けきれずに参加してしまい、地獄を見てしまいました。重いクロモリにずぼらなSPDシューズ、ギア比だけは軽くしておけば大丈夫という下手な安心感。ついでに景色まで楽しもうと、カメラを入れたフロントバッグに気合の入らない普通のサングラス。でも一番いけなかったのは、緩々だった気持ちのようでした。最初の俵山峠の登りが10km、この南登山道が18kmで、この休憩して写真を撮ったあたりで、脚が回らなくなりました。ここまでで、まだ半分くらいでしょうか。このあたりまでは心にも余裕があったのですが、ここから先は木々も無くなり、本当に寂しくなりました。時折吹く風は、山の天候の怖さを感じさせるに十分な迫力があり、ここから抜け出したいのと、まだまだ上に登っていく行動との間で葛藤がありました。

 この写真は、今降りてきた俵山峠を南阿蘇村の谷越しに撮ったものです。あそこの上から下に降りて、またここまで上がって、やっぱり大変ですよね。この先しばらく走っていると、左手に本物の地獄(温泉!)の煙が見えてきました。

俵山峠

阿蘇from俵山峠-0543 DP2x

 この歳になって、自転車で阿蘇に登ることになるとは、今まで何度もここには来ていますが、想像もしていませんでした。朝練の仲間と一緒に、熊本空港近くまで車で行き、外輪山を越えて南阿蘇に入り、南登山ルートで草千里まで上がるコースでした。登りの技術と体力は、残酷なくらい走力になって出てきます。本日の反省は、①初めてのコースでも事前に調べて残りの距離を把握すること②地脚のパワーアップに繋がるような練習も取り入れること③走ることに集中すること、などでした。特に②については回転系の練習だけではダメで、強負荷のペダリングも取り入れるべきと痛感しました。本日の坂は、どれも斜度は強くないのですが、6パーセントぐらいの坂が延々続きます。心拍を上げた回転系のスキルが使えず、ケイデンス60~70回転ぐらいで登りましたが、このあたりは私のパワーレンジではありません。段々と疲労が蓄積し、登るにしたがって脚が回らなくなりました。

 この写真は、外輪山にある俵山峠から阿蘇の中心部を撮ったものです。右側の御竈門山を登って山頂に行くのですが、ここで地獄が待っていました。
雄三的ポスター

海技センター DP2x

 危うく、失効扱いになりそうでした。期限が15日までで、気付いたのは9日。急いで、本日の更新の手続きをしました。更新講座は1時間程度の簡単なものですが、プロの船長さんに交じって、実際の事故事例のビデオなどで学習します。今ではGPSやパソコン導入のヨットもありますが、この免許を取ったときには、太陽や恒星の高度をセキスタント(六分儀)で測り、複雑な計算で船の位置(緯度、軽度)を出す「天文航法」の勉強をしたことが思い出されます。当時はヨットでの世界一周に憧れ、いろんな航海記を読み漁っていました。
 この免許制度は、平成15年の改正で大きく変わりました。以前は船長に与える資格的な要素が強かったのですが、この改正で「酒酔い等操縦の禁止」(施行は18年。それ以前は法令違反ではなかった!)、「自己操縦の義務化」などが加わりました。以前は船に一人資格者がいれば、車輌と違って誰が舵をとってもよかったのです。加山雄三的海遊びの、良き時代でした。

 この写真は、センターに貼ってあったポスターを撮ったものです。バブリーな時代にマリンレジャーが盛んだったころの匂いがします。今時のファッションからずいぶん離れているところが、マリンレジャーの斜陽を表していますね。それにしても更新の教室には、こんなポスターでは響かないような高齢者の方ばかりでした。車離れだけではなく、若者にマリンレジャーも敬遠されているのでしょうか。マリンレジャーを始めれば女の子にもてるなんて勘違いする若者は、今ではいないようです...